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グラフィティ、スケートボード、雨宿り、

カーニバル、そして政治参加まで

連なるブラジル・

ストリートの記録。

2021

12/11より

シアター・イメージフォーラム

にて

ロードショー

イントロダクション

“存在したかったんだ。この街に存在したかったんだ。”

グラフィテイロ(グラフィティアーティストの現地での呼称)がつぶやく背景に広がるのは、南米一の大都市サン・パウロ。そこには多様なルーツ、カルチャーが混沌とするブラジル特有の都市の姿があった。東京でグラフィックデザイナーとして活動する阿部航太が、2018—19のブラジル滞在で体感した「街」。そこには歪んだ社会に抗いながら、混沌の波を巧みに乗りこなすグラフィテイロ、スケーター、そして街を歩き、座り込み、踊り明かす人々がいた。イリーガルな表現活動から日常生活まで、地続きに営まれるその風景は、私たちが知っている街の姿を痛快に批判しているように思えた。ブラジルの4都市を巡り、路上から投げかけられた一つの問いへの答えを追うストリート・ドキュメンタリー。

デザインと文化人類学的視点から見たストリート

監督はグラフィックデザインをベースとしながら文化人類学的アプローチで活動する阿部航太。ブラジル滞在を経て、本作の元となる『グラフィテイロス』(2019年)を製作し、人類学者、建築史家、グラフィティライターなどをゲストに招いた日本各地での自主上映で好評を博す。そして2021年、より広い視点で都市を捉えなおし、スケーターやカーニバル、デモンストレーションなどの約50分の新たな映像を加え編集し直したのが本作『街は誰のもの?』である。ブラジルのストリートが映し出された画面からは、淡々としながらも日本から来たひとりのデザイナーの新鮮な驚きが伝わってくる。人々と対話し、身振りを模倣し、街との関係性を観察していく過程で、“映し出された街”だけでなく、“鑑賞者にとっての街”の見え方までもが大きく揺さぶられていく。

ブラジル・グラフィティ

ブラジルには、様々なタイプのグラフィティが複雑なレイヤーで存在する。それを部分的に取り出して定義することがナンセンスであることを承知しつつ、あくまでも映画を鑑賞する上での参考として、用語解説の意味合いで整理してみる。

① Projeto(プロジェット)

認可・依頼があり、ギャランティが発生しているグラフィティ。建物のオーナーや、公共空間であれば行政がグラフィテイロへ発注して描かれる。グラフィテイロによってはこれをグラフィティの枠内には入れず、「ムラウ(壁画)」と呼び、棲み分けている。大型のものはゴンドラなどを使用し、ペンキとローラーで描かれることが多い。“合法”であり、多くの市民に受け入れられている存在。

② Grafite/Graffiti(グラフィッチ)

認可・依頼なしに描かれたグラフィティ。特にサン・パウロではグラフィティ特有のレター(文字)表現もあるが、絵画的な具象の表現が目立つ。ペンキ・ローラーとともに、スプレーも多く用いられる。市街地では人目を避けるために深夜から早朝にかけて描かれることが多い。“違法”ではあるが、多くの市民には“カラフルで綺麗なもの”として受けられている。

③ Pichação/Pixação(ピシャソン)

ピシャドール(ピシャソンの書き手)たちのチーム名を暗号化して書かれたグラフィティ。アンダーグラウンドの存在のため、本作ではピシャドールへの取材は収録されていないが、風景や会話の端々に登場する。黒一色で書くものが主流で、極端に長い柄をつけたローラーで書かれるため、縦長のフォルムになる傾向がある。“違法”であり、グラフィッチとは対照的に多くの市民には受け入れられていない。

エンペナ

サン・パウロに点在する窓が一つもない平坦な壁。もともと大型ビルボード広告を掲載するためのスペースだったが、2006年のLei Cidade Limpa(都市美化条例)により屋外広告が一斉に廃止・掲載禁止となり、結果的に残った空白の壁がエンペナである。現在ではそのスペースに「プロジェット」が入り始め、そこで生まれる”仕事”がグラフィテイロたちにとっての重要な収入源になっている。

作中のグラフィテイロ

本作に登場するグラフィテイロたち。ブラジルには様々なタイプのグラフィテイロが活動しているが、この5人の中でもスタイルや思想の違いを見ることができる。

エニーボ(サン・パウロ)

黒人のポートレイトを自身の中心的なモチーフとし、素早く独特なスプレーの扱いには定評がある。ストリートアートギャラリー「A7MA」の共同経営者の1人でもある。

Instagram: enivo

チアゴ・アルヴィン(ベロ・オリゾンチ)

キュビズムの影響を感じる顔をモチーフにした表現と、植物を想起させる抽象的な表現、異なる二つのスタイルを持つ。エニーボの友人であり本作でも共作の様子を見ることができる。

Instagram: alvvvvim

オドルス(プラナルチナ)

本作ではプロジェットを描いているが、普段はろう者を意味する「SURDO」を逆から読んだ「ODRUS」というレター作品を描き、自身のアイデンティティを街に投げかけている。

Instagram: odrusone

中川敦夫(サン・パウロ)

10年前に京都からサンパウロへ渡り絵画からキャリアをスタートさせたが、現在はグラフィティを含め多様なジャンルで活動している。NEW ERA等のブランドとのコラボレーションも多数。

Instagram: atsuoman

ピア(リオ・デ・ジャネイロ)

リオの最初の世代のグラフィテイロであり、そのコミュニティを育ててきたひとり。現在ではストリートから絵画制作へとシフトしているが、今でも現地の若者たちにとっては指導者的な存在。

Instagram: pia_transborda`

監督メッセージ

私たちはこの問いにどう答えるのか?

あなたは「街は誰のもの?」という問いにどう答えますか?「みんなのもの」「公共のもの」「地域のもの」などの答えが予想できますが、その「みんな」「公共」「地域」の中に「あなた」は含まれているのでしょうか。昨今の大規模な再開発などを眺めていると、知らないうちに決断が下され、資本が投下され、自分の手の届かないところで街がどんどんつくり変えられていってしまう、私はそのような虚しさを感じつつもどこか「そういうものだからしょうがない」と諦めていた節がありました……ブラジルに行くまでは。彼の地では、人々は路上を歩き、座り、踊り、叫び、描き、自らの身体をもってその街の風景をつくりあげていました。その風景の豊かさは、私の感じていた虚しさと諦めをグラグラと揺さぶります。もちろん日本をブラジルにしよう!と主張するつもりはありません。環境的にも習慣的にも無理があります。ただ、その風景には私たちの諦めを砕き、街と改めて繋がるヒントが埋め込まれているのは確かです。本作を観た後にあなたはこの問いにどう答えるのか?ぜひ自身に問いかけてみてください。

監督:阿部航太

1986年生まれ、埼玉県出身。2009年ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校卒業後、廣村デザイン事務所入社。2018年同社退社後、「デザイン・文化人類学」を指針にフリーランスとして活動をはじめる。2018年10月から2019年3月までブラジル・サンパウロに滞在し、現地のストリートカルチャーに関する複数のプロジェクトを実施。帰国後、阿部航太事務所を開設し、同年にストリートイノベーションチームTrash Talk Clubに参画。アーティストとデザイナーによる本のインディペンデントレーベルKite所属。一般上映としては本作が初の監督作品となる。

コメント

例えば、まず鶏を殺す。どのぐらいの火力で焼いたり煮たりそれにどのようなスパイスをつけて食べるか、長きに渡って誰かの試行錯誤があり、そのうえで今日のマーケットに合わせて多くの工場と会議室の調整の往復を経て、生き物がカラフルな商品と化して私たちの前に供されている――およそ世の中にそもそも“できあいの”モノやコト、美しさや喜び、価値はあるのか。それは誰のために誰が創るのか。それは『街は誰のもの?』において慎み深くも探られ、ストリート/アートの関係の発端のありようが映し出される。

荏開津広

DJ/立教大学兼任講師

街はファンキーでノイジーなキャンバスさ。そう、今日もストリートの脈動とのジャムセッションの時間がやってきた。グラフィティ!そこから君が、街が、世界が、新たに生まれ変わる。これはストリートの吟遊詩人たちの物語。

川瀬慈

映像人類学者

イベント

期間中の週末にアフタートークを開催/情報は順次公開予定!

予告編

監督・撮影・編集:阿部航太

グラフィテイロ:エニーボ / チアゴ・アルヴィン / オドルス / 中川敦夫 / ピア

整音:鈴木万里

翻訳協力:ペドロ・モレイラ / 谷口康史 / 都留ドゥヴォー恵美里 / ジョアン・ペスタナ / 加々美エレーナ

協力: アレシャンドレ / ユウゾウ / ミカ / ルアン / ノエミ / リオ / ジョアン / オルランド / A7MA / らくだスタジオ / 児玉美香

配給・制作・宣伝:Trash Talk Club

日本| 2021年 | 98 分